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砂漠で溺死

「すごい自意識だなあ」と笑う自意識

『流跡』 朝吹真理子

 

流跡 (新潮文庫)

流跡 (新潮文庫)

 

 ものすごい本でした。

小説には筋があって、ひとつの直線状をよどみなく進んでいくものだと思っている人が読めば、口をあんぐりと開くでしょう。衝撃です。

本の題名の通り、いくつかの断片的な話が次々に流れてゆきます。嫌な夢をずっと見続けているような。気怠い熱で、読んでいるうちに頭が重くなるような。

特にすごいとおもったのは、デビュー作とは思えないほどの文章力です。

はれ。ひやらひやら。

(中略)

やんややんやとビルの間の煙突を囲むように集いはじめ、はれ。ひやらひやらと、でたらめな調子をとって囃したてはじめる。おおきな円陣をくんで踊りだし、どこからやってくるのか、つぎからつぎに、肥えた金魚が円にくわわる。光が照りみちて、とめどなくおちる雨が燐光に反射し、いちだんと辺りが煌めきだつ。煙突が吐き出す煙も大金魚が踊るごとに盛んに噴きだされて、白く、光量によっては銀色につやめきたきたての飴みたいにねばっこいのが、何本も何本もロータリーに垂れ、それを金魚がひれで掴んで、もってぐるぐるとびはねている。

 町から突然金魚が湧きだしてきて、それらがほたほたと笑いながら男の周りで踊り出します。わけわかんないですよね。ぼくもわかりません。でもぼくはこういうのけっこう好きです。特にこういう踊るような文章は、読んでいて気持ちがいいです。

小説というのは書きたいものがあって書くものだと思っていたし、多かれ少なかれ作者には意図があるものだと思っていました。実際ほとんどの小説にはあるのではないでしょうか。

しかし、この小説には何にもなく、純粋なモチーフだけを描いたものだけで構成されています。芸術性の高い、絵画を見ているような、しかし幻想的というにはあまりにも生々しい説得力を持つ小説でした。

芥川賞を受賞した同氏の作品「きことわ」にも、このようなある種の、現実からの乖離、夢のような現実、現実のような夢がでてきます。もう一度読み直してみようかな。