砂漠で溺死

本と映画を、ネタバレ全開で書きます。

ぶるぶるほっぺと水の音

中学生のころ、友達のA君の家に遊びにいった。

学校の前で待ち合わせ、A君の後を追って自転車を漕いだ。10分ほどしてA君が一軒の平屋の前で止まったとき、ぼくはぎょっとした。

それは今まで見たことがないほど(そしてこれからもおそらく見ることがないほど)ぼろぼろで、建っているのもやっとのような家だった。白やピンクなど華やかな色をした周りの家に比べ、腐った小豆のような色をしたトタン屋根のその家は、肩身が狭そうに、ぽつりと建っていた。ぼくはTVで見たどこかの国の、磁場で不自然な形に曲げられた家を思い出していた。

玄関の前の庭のような小さなスペースにはバケツやわけのわからない家電製品があちこちに置き捨てられており、その一画には茶色のダックスフントが首輪に繋がれ、尻尾を振ってぼくとA君を見ていた。なんだか世紀末みたいだった。

絶対外で飼う犬種じゃないだろと思いつつも犬の腹を撫でてやると、とんでもなくくさかった。犬はこんなにくさくなるのかと感動さえした。A君は笑っていた。

ごちゃごちゃとした玄関で苦心して靴を脱ぎ、A君の後に続いて薄暗い廊下を歩くと、タイル張りの風呂を掃除していた背の小さなおばあさんと、開け放されたドア越しに目が合う。微妙な間があったけれど、結局挨拶をする前に通り過ぎてしまった。

リビングに入ると、よその家の独特なにおいが鼻についた。庭と同様に、リビングは脱いだ洋服やコンビニ弁当の空き箱などで雑然としており、それらに埋もれて、A君の妹がDSを黙々とやっていた。彼女は挨拶したぼくをちらりとみるなり、背中を丸めて再びDSの世界に戻っていった。

A君とぼくは、その当時流行っていたゲームをやるために集まったのだった。もくもくと二人で協力プレイをしていると、遠くで水の音が聞こえ、おそらく風呂を洗う音だろうが、それはいつまでたっても鳴りやまなかった。ボタンを押すカチカチという音と、ゲームの効果音、水の流れる音だけが、静かな部屋の中でこんもりと響いた。

そんな異様な空間の中で、ぶよぶよとしたほっぺを揺らしながら笑うA君だけがいつもと変わらなくて、その時ぼくはなぜだかA君を頼もしく感じたのだった。

5時ごろになって、ぼくは帰ることにした。廊下を渡るときに挨拶をしようと思ったのだが、風呂のドアは閉まっていて、おばあさんはどこかに行ってしまっていた。

意味もなく吠えるダックスフントの鳴き声を背中に聞きながら、ぼくはA君の家を出た。新鮮な空気がとてもおいしくて、なんだか泣きそうになった。陽が沈む中、ぼくは心に受け止めきれないもやもやとした感情を抱え、それをぶつけるように、ただひたすらにペダルを踏み続けたのだった。

 

家に帰ると、母が夕食を作って待っていてくれた。温かい部屋でいつもと変わらない様子で次々と並べられていく料理を見つめながら、ああ、あの狭くかび臭い部屋の中にA君は今もいるのだと思うと、箸を持つ手がぷるぷると震えた。